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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)9号 判決

原告

岡平蔵

ほか六名

原告ら訴訟代理人

亀田得治

ほか一〇名

原告ら訴訟復代理人

東畠敏明

ほか一名

被告

税理士試験委員

被告

右代表者法務大臣

古井喜寛

被告ら訴訟代理人

関根達夫

被告税理士試験委員指定代理人

皆合達夫

ほか一名

被告国指定代理人

平井章夫

ほか一名

主文

1  原告らの被告税理士試験委員に対する訴えを却下する。

2  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、被告委員に対する訴えの適否についてであるが、特別試験の実施が抗告訴訟の対象となる行政処分としての性格を有するものかどうかは別として、原告らが被告委員に対する訴えについて原告適格を有するといえるか否かの点について判断する。

1  昭和四七年度から同五二年度までの各特別試験の無効確認を求める訴えについて

無効確認の訴えの原告適格については行政事件訴訟法第三六条に規定されているところ、特別試験についてはそれに続く処分というものは存しないから、原告らは当該処分(特別試験)に「続く処分により損害を受けるおそれのある者」に該当しない。また、行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の無効確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り提起することができるものであることは前記規定により明らかなところであるが、右「法律上の利益」に該当するかどうかは、当該処分の根拠となつた法規が特定個人の利益を個別的・具体的な利益として保護しているといえるかどうかによつて判断されるものである。

ところで、原告らは、特別試験の実施により一般試験合格税理士である原告らの有する職業に関する独占的利益としての人格権及び営業権を侵害されていると主張する。しかしながら、特別試験の根拠となつた法規である法が原告らの主張するような権利・利益を原告ら一般試験合格税理士の個別的・具体的な利益として保護していると解することは到底できないから、原告らは、当該処分(特別試験)の無効確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」に該当しない。

2  昭和五三年度の特別試験の取消しを求める訴えについて処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行政事件訴訟法第九条)ものであるところ、原告らが特別試験の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に該当しないことは、1において判示したとおりである。

3  昭和五四年度以降の特別試験の実施の差止めを求める訴えについて

将来行われる処分の差止めを求めるいわゆる無名抗告訴訟は、現行の行政事件訴訟法のもとにおいてそれが許容される場合があるとしても、法定抗告訴訟である取消訴訟と同様に、当該処分の差止めを求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限り提起することができるものと解されるところ、前記1で述べたと同様の理由により、原告らは特別試験の実施の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者に該当しない。

4  したがつて、原告らの被告委員に対する訴えは、いずれも不適法であるというほかない。

二次に、被告国に対する損害賠償請求について判断する。

1  請求の原因1の事実及び原告らがいずれも一般試験に合格して税理士になり、現に税理士業務に従事していることは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告委員が実施した特別試験に原告ら主張の違法が存するか否かについて検討する。

(一)  原告らは、特別試験は一般試験に比較して著しく不合理な差別をし、税務職員に対してのみ特権を与えるものであるから、憲法第一四条第一項に違反すると主張する。

憲法第一四条第一項は、不合理と考えられる理由に基づく差別を禁止するものであるところ、一定の職業専門家としての資格を付与するに際しては必ずしも単一の試験制度を採用しなければならないものではなく、いかなる試験制度を採用するかは立法政策の問題に属するものであり、異なる受験資格ごとに異なる試験制度を採用することも、合理的な理由がある限り憲法第一四条第一項に違反することにはならないものである。

法は、税理士資格を付与するのに一般試験のほか特別試験の制度を採用し、「官公署における国税又は地方税に関する事務にもつぱら従事した期間が通算して二十年以上で政令で定める事務の区分に応じ政令で定める年数以上になる者」に該当する者にその受験資格を付与している(法附則三一項第一号)が、これは、相当長期間にわたり税務事務にもつぱら従事してきた者は一般的に税務実務の経験を積み、税務実務に関する能力を有しているものと認められるところ、税理士業務(税務代理、税務書類の作成及び税務相談(法第二条))は税務官公署との税務折衝を重要な内容とするものであり、税務実務に関する能力が要請される職種であるので、一般的に税務実務に関する能力を有していると認められる前記の者に一般試験とは異なる特別試験の受験資格を付与し、会計学(簿記論及び財務諸表論)の科目を主とした会計に関する実務につき筆記及び口頭により右試験を行う(法附則第三二項、法施行令附則第一〇項)こととし、右試験の合否の判定を右試験の成績の点数に受験者の税務事務従事年数に応じた参酌点を加算して行う(法附則第三三項、法施行令附則第一一項、第一二項)こととしたものであり、このような一般試験と異なる内容の特別試験の制度を採用すること自体は、直ちに違憲、違法をきたすほどの強度の非合理性を有するものとまではいえないというべきである。

そして、特別試験は税理士試験委員が行うもので、その際同委員は委員長、常任委員二人及び一五人以内の臨時委員で構成され、委員長及び常任委員は租税に関し学識経験のある者のうちから、臨時委員は税理士試験を行うについて必要な学識経験のある者のうちから税理士試験委員が推薦した者について、それぞれ大蔵大臣が任命するものである(法附則第三四項、法第一三条)、このような学識経験者により構成される税理士試験委員によつて特別試験が行われるのであるから、右試験の問題の作成及び採点については同委員の裁量判断に委ねられているものというべきであるし、特別試験は、一般試験とその内容を異にする試験制度であるから、その問題の程度、合格率等が一般試験のそれと比較して相違するからといつて、直ちに憲法第一四条第一項に違反するということはできない。

もつとも、国民は、本来公共の福祉に反しない限り職業選択の自由を有するのであるから(憲法第二二条第一項)、税理士業務の公共性や納税義務者の保護等の政策的観点から税理士制度を設け、税理士の資格を有しない者が右業務を行うことを禁止した税理士法の趣旨にかんがみても、税理士資格を付与するについては、できる限り適正公平な方法によるべきことは、改めていうまでもない。この観点からすれば、弁護士、公認会計士等法が当然税理士資格を付与するのを相当とするような場合を除けば、公平な一般の競争試験によつて税理士資格を付与するのを相当とする者を選抜するのが適当な方法というべきであろう。しかし、それ以外に税理士業務の性質、内容からして、その業務に関連する実務の経験がある者に対し、資格認定、あるいは特別試験等の方法により別個の取扱いをするかどうかは、税理士制度の趣旨その他税理士法の精神に照らし、政策的裁量によつて決すべき問題である。もちろん、そのような別個の取扱いを行う場合においても、その具体的内容は適正公平なものでなければならないのであつて、みだりに一部の者に特権的利益を与えるものであつてはならないということはいうまでもない。しかしながら、資格認定ないし特別試験等の特別な取扱いを採用する場合において具体的にどのような内容のものとするかについても、政策的な裁量の幅があることもまた、前述したところから明らかであろう。

この観点から特別試験の適否について考えると、特別試験制度の採用それ自体を直ちに違憲、違法とすることができないのは、前述したところから明らかであるし、現に施行されている特別試験の具体的内容に即して考えてみても、原告ら主張のような問題点があるにしても、これが直ちに憲法第一四条第一項に違反すると断定できる程の明白な非合理性を有するとまで認めることはできず、仮りに相当性を欠く点があるとしても、それは立法ないしこれに基づく施策についての政治的責任に属する事項というべきである。したがつて、特別試験が憲法第一四条第一項に違反するとする原告らの主張は採用できない。

(二)  原告らは、特別試験は税理士の資格、学識及び応用能力の有無を判定するという税理士試験の目的に反するから、法第六条に違反すると主張する。

特別試験は法第六条の規定による一般試験とその内容を異にする試験制度として法附則により規定されているものであり、したがつて、特別試験が法第六条に適合するかどうかをいうのは失当であるし、特別試験は前記のとおり長年税務事務に従事してきた者を対象として、その税務実務能力をしんしやくし、もつて税理士となるのに必要な能力を有するかどうかを判定することを目的とするものであるから、直ちに法第六条の趣旨に反するものともいえない。そして、特別試験の内容について規定する法施行令附則第一〇項ないし第一二項の規定は、いずれも法附則第三二項、第三三項の規定の政令への委任に基づいて規定されたものであり、特別試験について規定する法の趣旨に反するものとはいえないこと前述のとおりである。よつて、原告らの右主張は採用できない。

(三)  原告らは、法附則第三〇項にいう「当分の間」とは三年間程度を予定したもので、同項ないし第三六項の規定は時限立法の性格を有するものであるから、特別試験の制度は昭和四七年以降はその法的根拠を失つていると主張する。

法附則三〇項の規定は、「当分の間、第六条の規定による税理士試験のほか、特別な税理士試験を行う」と規定しており、その立法の経緯に照らしてみても、特別試験の制度は将来廃止又は変更されることが予想されたものとして立法されたものと認められるが、法文上その実施期間が、「当分の間」と定められている場合であつても、他の法規によつて現実に廃止又は変更の措置がとられない限り、なお法規としての効力を失うものではないと解すべきであるから、特別試験について規定する法附則第三〇項ないし第三六項の規定がこれらの措置がとられていないにもかかわらず、現在効力を失つているものということはできない。原告ら主張のように昭和三六年の法改正時において三年間を目途として試験制度の抜本的改正が意図されていたにしても、その実現は、やはり政治的責任に属する事項といわざるを得ない。したがつて、原告らの右主張もまた、採用することはできない。

3  最後に、原告は、特別試験制度が極めて不合理な内容のものであり、税務職員の在職中の地位利用による顧問先の予約その他の多くの弊害が生ずるから違法である旨主張するけれども、特別試験制度の内容の合理性については前述したとおりである。また、顧問先の予約等の弊害についても、そのようなことが是認できないものであることはいうまでもないが、現に施行されている特別試験が右のような弊害を生じさせ易くするという面はあるにしても、必ずしも不可避的にこれと結びついているとまではいえないから、そのようなことがあつたからといつて、直ちに特別試験制度一般ないし現に施行されている特別試験が違法であるとすることはできない。

4  以上のとおり、被告委員が実施した特別試験に原告ら主張の違法があるとはいえないから、原告らの被告国に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三よつて、原告らの被告委員に対する訴えをいずれも却下し、原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(藤田耕三 菅原晴郎 杉山正己)

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